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地方再生の2つの道:南郭宿舎群の柔軟な変化と新竹或者チームの「分散型美術館」に目を向ける

2025 / 03 / 12

初期の客家移民による定住から、茶産業の興隆と衰退、そして時代の移り変わりの中で織り重なってきた多様な民族の交流まで――新竹・北埔の路地には、幾重にも重なる歴史の層が静かに刻まれています。しかし、暮らしのかたちが急速に変化していく現代において、レンガや木材、石のあいだに宿る繊細な時間の痕跡をいかに受け継いでいくか。これは、地域産業が転換期を迎えるなかで、多くの土地が直面する難しくも重要な課題となっています。

こうした状況を踏まえ、長年にわたり文化財と集落保存に力を注いできた北埔郷公所は、2024年に中原大学景観建築学科の呉振廷(ウー・ジェンティン)教授と雄本老屋チームを招き、北埔の集落へと踏み込みました。そこでは、古民家と地域が共に息づく未来――「共好(きょうこう)」の可能性を探る取り組みが始まっています。まずチームは、北埔聚落保存地区の中から再生の可能性を持つ5棟の古家を選定し、居住者への聞き取り調査や建築工法の詳細な検証を行いました。物理的な修復作業を進めるだけでなく、その空間に公共性と開放性を与えることを目指し、古家を現代の暮らしと歴史的な場とのあいだをつなぐ「対話の窓口」として位置づけています。

この理念を広く共有するために、チームは「北埔老聚落リイマジネーション(再製想像)」をテーマとし、「古民家の運営」と「地域マネジメント」に焦点を当てた2回の研修プログラムを企画しました。第1回では、彰化県南郭小学校の資優クラスで教鞭をとり、同時に〈南郭郡守官舎〉の活用を進める陳宥妤(チェン・ヨウユー)氏と呉嘉明(ウー・ジャーミン)氏、そして〈鴻梅文創志業〉の陳添順(チェン・ティエンシュン)執行長(〈或者新州屋〉の運営者)を講師に迎え、北埔青空間にて実践的な経験を共有。古民家を拠点とした地域再生のあり方や、その未来像について熱く語り合いました。

南郭小学校の陳宥妤教諭(左端)、呉嘉明教諭(左から2人目)と鴻梅文創志業の陳添順CEO(左から5人目)。研修課程後の北埔集落活性化チームとの記念撮影。

歴史的な場から学習拠点へ

南郭小学校の陳宥妤教諭(左端)、呉嘉明教諭(左から2人目)が官舎群の活性化の秘訣を私たちと共有している様子。

1922年に建てられた「南郭郡守官舎」は、もともと彰化街の郡守と地方官吏の住まいであり、日本統治時代の島の行政区画と市街地発展の証人でしたが、時代の変遷とともに一度は忘れ去られていました。長らく忘れ去られていたこの日本統治時代の建築群は、2017年、彰化・南郭小学校の資優クラスによる小さな“擾動”をきっかけに、少しずつ新たな命を吹き込まれていきました。以来8年にわたる継続的な活用と、歴代の子どもたちの尽力によって、いまでは全域の修復工事を迎える段階にまで至っています。今回の研修では、子どもたちを歴史的空間へと導いてきた陳宥妤(チェン・ヨウユー)先生と呉嘉明(ウー・ジャーミン)先生が登壇し、教育と建築活用を融合させた実践的な手法や、地域と共に歩むリノベーションの戦略について語りました。

教育方針や文化資産保存の観点から見ても、南郭郡守官舎は斬新な試みだと言えるでしょう。二人の先生と教育チームは、授業そのものを古家の中へと移し、既存の学習カリキュラムに沿いながら、子どもたち一人ひとりに合わせた現地型プログラムを設計しました。――数学の知識を使って空間を測定し、国語の授業では文章表現を学び、アンケート調査を通して地域の歴史を探る。さらに専門家や研究者を招いた講演・フィールドワークを行い、アーティストとの協働で南郭郡守官舎をテーマにした創作活動にも挑戦。その成果は、後の展覧会コンテンツとして結実しました。当時、まだ若手の現場チームだった雄本老屋も、この取り組みに参加できたことを大きな誇りとしています。展示企画の立案からイベント運営のサポートまで、チームとして現場に関わり、子どもたちや地域の人々とともに歴史空間の新しい可能性を形にしていきました。

たとえば、南郭小学校の先生と子どもたちは木工職人を招き、「障子」の修繕方法を実演してもらい、児童自身がその繊細で精緻な伝統木工の世界を体験しました。また、アーティストとの協働では、長年にわたり積もった塵や苔で覆われた塀を“キャンバス”と見立て、ワイヤーブラシと型紙を用いて「垢図(こうず)」と呼ばれる作品を制作。年月の痕跡そのものを環境にやさしいアート素材として生かしました。さらに、「家の宝もの」展では、地域の住民が家に伝わる古い品や思い出の物語を持ち寄り、それらを公共アートとして再構成。古家がふたたび、人々の記憶をつなぐ場所として息づいたのです。これらの参加型アート活動を通じて、子どもたちは古家の長い命の中に自分たちの痕跡を残すことができ、建築群に対する帰属意識も自然に育むことができました。

これらの古家との交流は、単なる1回の授業やワークショップではなく、永続的に受け継がれる共通の記憶でもあります。南郭小学校には、少し特別な伝統があります。毎年、3年生の子どもたちが南郭郡守官舎を舞台に、自分たちがこの場所で学び、感じ、創り上げた物語を演じて、次の学年の後輩たちへと受け継ぐのです。こうして、地域の物語の「記録」「解釈」「再創造」が、子どもたちの成長とともに世代を超えて継承されていきます。さらに、南郭郡守官舎の再生は学校の枠を超え、地域全体へと広がっていきました。教師と子どもたちは地元の長老たちにインタビューし、口述史を記録しながら、展覧会などの文化活動を通じて空間に新たな息吹を吹き込みました。その結果、長らく放置され荒れていた建物群は次第に周辺住民からも受け入れられ、歴史と現代、学校と地域、文化と教育をつなぐ多層的なプラットフォームへと成長。土地に根ざした創造力と再生のエネルギーを街区にもたらし、北埔集落のこれからを考えるうえで貴重な示唆を与えるモデルケースとなったのです。

2019年に芸術家の葉佩如、彰化師範大学美術学科と南郭小学校の子どもたちが共同で完成させた「垢図」プロジェクト。(画像出典/南郭郡守官舎提供)

デパートから文化的景観へ

陳添順CEOは、私たちに新竹地域で長年にわたって或者チームが構築してきた「分散型美術館」のプロジェクトとその理念を共有してくれました。

新竹の東門市場と中央市場のあいだに佇む「或者新州屋」は、日本統治時代に建てられた、台湾人自身が設計・施工・経営を手がけた初の百貨店として知られています。1934年の竣工当時には、当時としては斬新だった鉄筋コンクリート(RC)構造と非対称のファサードデザインを採用し、地域の暮らしの記憶と時代の精神を象徴する存在となりました。しかし、時は流れ、「新州屋」は何度も所有者や用途を変えるうちに、かつての面影を少しずつ失っていきました。やがて長い間使われない空き物件となり、旧市街地が抱える再開発の波に押されるように、その存在自体が危機にさらされることとなったのです。2019年、鴻梅文創事業の陳添順(チェン・ティエンシュン)執行長が、この歴史的・文化的価値を秘めた建物に注目しました。彼は民間企業の立場から自らこの老屋を購入し、4年の歳月をかけて丁寧に修復。その後、自社ブランド〈或者(Huozhe)〉の名のもとに灯りをともしました。こうして新州屋は、「分散型美術館」プロジェクトの一拠点として、新竹旧市街の文化地図に新たな光を加えたのです。

修復工事に着手する前に、或者チームはまず雄本老屋と協働し、新州屋の綿密な調査研究を行いました。建物そのものに向き合い、数十年にわたる設計の「変化」と「不変」を丁寧に読み解くとともに、その歴史的脈絡と文化的価値を整理。これらの成果を、修復工事の重要な基盤としたのです。今日の或者新州屋に足を踏み入れると、3階の床に残る様々な模様のタイルから、過去のデパート経営者の住居の間取りを想像することができます。また、ファサードのスクラッチタイルの微妙な色の違いや、丸窓の木枠の新旧の境界から、今回の修復で残された痕跡をはっきりと識別することができます。

さらに、或者チームはこの新州屋を新竹の人々の記憶を宿す建物として、再び現代の暮らしと結びつけるため、これまでに三度にわたって「Open House(オープンハウス)」イベントを企画・開催しました。第1回のオープンハウスでは、周辺の住民を招き、修復工事が始まる前の新州屋へと足を踏み入れてもらいました。そこでは、老建築が持つ“ありのままの姿”を体感し、この場所で語り継がれてきた記憶や物語を住民同士で共有しました。第2回では、台湾デザイン展の会場の一部として新州屋を活用。初期段階の整備を経た空間に、台湾各地の多彩な食文化を紹介する展示を展開しました。そして第3回、本格的な修復工事が始まる直前には、「さようなら、新州屋(再見新州屋)」をテーマに掲げ、建物の歴史や建築的特徴、そして今後の再生ビジョンを一般公開。老屋が再び息を吹き返す、その瞬間を多くの人と分かち合いました。これら三度にわたるオープンハウスは、長いあいだ閉ざされていた地域の記憶を少しずつ呼び覚ますだけでなく、建物の「過去・現在・未来」をつなぐ架け橋にもなりました。そして、新竹で生まれ育ったさまざまな世代の人々が、それぞれの時代の思い出や感動をこの場所に見いだし、自分自身の物語として重ね合わせることができるようになったのです。

2023年に正式オープンした「或者新州屋」は、歴史的建築の趣と現代的デザインを巧みに融合させた、新竹旧市街ならではの文化的ランドマークとして生まれ変わりました。館内にはセレクトショップ、ビストロ、テーマ書店、共創型キッチンなどが設けられ、新竹という土地の風土や食文化を新たなかたちで解釈し、来訪者に豊かな体験として届けています。

「或者新州屋」はデパートから文化的ランドマークへと転身し、新竹旧市街地に人の流れと芸術文化の雰囲気をもたらした。(画像出典/原間影像スタジオ-朱逸文撮影)

竹北・新瓦屋客家文化保存区の「或者書店」、新竹旧市街の「或者工藝ショーウィンドウ」や「或者新州屋」、そして近年北埔にオープンした「或者山旅」。こうした拠点の展開を通して、鴻梅文創事業が描く「分散型ミュージアム」の構想は一貫しています。すなわち、古建築という空間資源を多角的に運営しながら、地域文化のネットワークを紡ぎ出し、周縁の町にも文化的厚みを持つライフスタイル産業を呼び込むこと。そして、そこに暮らす人々が、土地への誇りとアイデンティティを取り戻せるような循環を生み出すこと。それが、この構想の核にある願いなのです。

南郭郡守官舎が教育を軸に長年積み重ねてきた実践、そして或者チームが文化を核として展開するビジネスモデル。これらを俯瞰すれば明らかなように、古家の再生・活用には、短期的なプロジェクトではなく、時間をかけた継続的な取り組みと多方面からの協働が欠かせません。視点を再び北埔に戻してみると、これらの事例から学べるのは、単なる手法や形式ではなく、まずその土地固有の文脈を深く理解する姿勢の重要性です。文化の保存と商業的発展の両立を見据え、地域の人々と共に意識を共有し、合意を積み重ねながら、実際の行動へとつなげていく。そこにこそ、北埔の未来を形づくる鍵があるのです。

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